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これだけ!世界史

アメリカ独立戦争

 ここではアメリカ独立革命について見ていきます。アメリカの州や都市の名前や場所を覚えておくとスムージに学習が進むと思います。

 現在のアメリカ合衆国の東海岸は、元々イギリスの植民地で、13植民地と呼ばれていました。イギリス本国は13植民地に対して印紙法によって印刷物に対して課税を行おうとしましたが、イギリスの立法府、つまり議会には13植民地の代表がいなかったため、植民地側から「代表なくして課税なし」として批判されました。よって印紙法は廃止されましたが、こんどは茶法が制定されました。これは、13植民地に対する茶の販売をイギリス東インド会社が独占できるとしたものです。
 これに対して植民地側は猛抗議し、ボストン茶会事件に端を発してアメリカ独立戦争が勃発します。

ボストン茶会事件
Nathaniel Currier, Public domain, via Wikimedia Commons
ボストン茶会事件

 ボストン茶会事件のあとには、フィラデルフィアという場所で大陸会議が開催され、本国に対抗することや、軍の司令官としてワシントンを選出することなどが決定されました。
 アメリカ独立を理論的に支援したのが、トマス=ペインの『コモン=センス』という作品です。これを受けてトマス=ジェファソンが起草した独立宣言によってアメリカ独立が決定的になりました。独立宣言はロックの革命権を認めており、イギリスからの独立を正当化しています。

東部が13植民地
Jon Platek, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
東部が13植民地

 独立宣言の後には、諸外国も動きを見せます。イギリスと対立していたフランスなどの国はアメリカ側で参戦します。ポーランドからもコシューシコが義勇兵としてアメリカ側で参戦しました。それ以外の多くの西欧の国も、エカチェリーナ2世が提唱した武装中立同盟に参加します。武装中立同盟に加入した各国は独立戦争に対して中立の立場でいることを表明し、アメリカとも、武力を用いてでも貿易を続けました。

コシューシコ
Kazimierz Wojniakowski, Public domain, via Wikimedia Commons
コシューシコ

 結果として、アメリカはパリ条約によって独立が成功し、イギリスからミシシッピ川以東のフロリダを獲得しました。ミシシッピ川以東のルイジアナは、フレンチ=インディアン戦争の講和条約であるパリ条約によってイギリスがフランスから獲得したのでしたね。二つのパリ条約を混同しないようにしましょう。
 その後、憲法制定会議によって合衆国憲法がつくられ、ワシントンが初代大統領になりました。

確認問題

波線部を、PCであればカーソルを合わせる、スマートフォンであればタップすることで答えが表示されます。

  1. 茶法によってイギリス東インド会社が13植民地に対する茶の販売を独占した。
  2. 独立戦争ではイギリスと敵対していたフランスなどがアメリカで参戦した。